市村学術賞

第41回 市村学術賞 貢献賞 -03

超高感度非侵襲細胞呼吸計測装置の開発と医療応用

技術研究者 山形大学 大学院理工学研究科 生体センシング機能工学専攻
准教授 阿部 宏之
技術研究者 東北大学 大学院環境科学研究科
准教授 珠玖 仁
推  薦 山形大学

研究業績の概要

 ミトコンドリアは酸素呼吸によって細胞活動に必須のATPを合成する重要な細胞小器官であり、その呼吸機能が障害されると細胞内のエネルギー産生に異常をきたし、代謝異常やミトコンドリア病などの疾患の原因となる。ミトコンドリア呼吸は細胞の機能解析やクオリティー評価、疾患の診断などに有効な指標となることから、精度の高い細胞呼吸計測技術の開発が求められてきた。これまでに蛍光色素や酸素センサーを用いた呼吸測定法は開発されているが、感度が低く、細胞に対して侵襲的であるため実用化されていなかった。
 受賞者らは、局所領域における生体反応を電気化学的に高感度で計測することができる電気化学計測技術に着目し研究を進めてきた。電気化学計測の基盤技術である走査型電気化学顕微鏡(SECM)は、酸素の還元電位を検出できるマイクロ電極を用い、酸化反応による酸素消費を高感度で計測できることから、金属材料分野において金属錆の有効な検出装置として利用されてきた。受賞者らは、SECMを細胞など呼吸活性の低い生物試料への応用を目指し、 (1) 超高感度マイクロ電極、(2) 受精卵の呼吸計測のための多検体測定プレート、(3) 非侵襲呼吸測定液、(4) 呼吸解析ソフトなどを開発し、これらを有機的にシステム化した「受精卵呼吸測定装置」を実現した。本装置は、単一の細胞や受精卵の酸素消費量(呼吸)を非侵襲的にモニタできる世界最高の計測精度を有する。そして、本装置を利用した呼吸活性を指標に細胞や受精卵の活性・品質を評価する独創的方法を考案した。この受精卵評価システムは畜産分野で実用化され、受精卵移植による妊娠率の向上や家畜繁殖技術の高度化に貢献している。また、大学付属病院等と共同で不妊治療における試験的臨床研究を実施し、不妊治療における治療成績(妊娠率)の改善に有効であることを示した。
 本装置は、生物に共通する細胞呼吸を計測対象とすることから応用範囲は極めて広く、薬剤スクリーニングや環境物質評価、食品鮮度評価など医療や多くの産業分野での利用が可能で、ポストゲノム時代の細胞機能解析技術として社会に与えるインパクトは大きい。

図1 走査型電気化学顕微鏡をベースに開発した「受精卵呼吸測定装置」
図1 走査型電気化学顕微鏡をベースに開発した「受精卵呼吸測定装置」

図2 「受精卵呼吸測定装置」を用いたヒト受精卵品質評価法の開発
図2 「受精卵呼吸測定装置」を用いたヒト受精卵品質評価法の開発