市村学術賞

第52回 市村学術賞 貢献賞 -04

RNA分子デザインによる細胞の選別・運命制御法の開発

技術研究者 京都大学 iPS細胞研究所
教授 齊藤 博英
推  薦 京都大学

研究業績の概要

 細胞を活用した医療の実現に向けて、目的とする細胞を純化する技術は必要不可欠である。たとえば、多能性幹細胞(ES/iPS細胞)等のヒト細胞を活用した移植治療の実現に向け、様々な細胞集団の中から目的とする細胞のみを選別する技術の開発が期待されている。また、がん細胞と正常細胞が混在するがん組織において、がん細胞特異的に細胞死を誘導するといった、細胞特異的な機能制御が可能となれば、副作用の無い新しいがん治療戦略の開発が期待できる。しかしながら、細胞の状態に応じて遺伝子の発現をコントロールし、かつその細胞を選別し、運命を制御する技術はこれまでに報告がない。
 受賞者は、細胞の状態を精密に計測し、目的の細胞を安全かつ効率よく選別できる画期的な技術、「RNAスイッチ」の開発に成功した。細胞を選別するためには、細胞表面を認識する抗体がよく用いられるが、抗体で選別できない細胞も多く存在する。受賞者は、ヒトで2600種類以上存在する細胞内の「マイクロRNA」に着目した。細胞特異的に存在するマイクロRNAを目印として、これを検知する安全性に優れた人工mRNA(マイクロRNA応答性RNAスイッチ)を設計し、これを細胞集団に導入することで、セルソータ等の機械を用いずに目的の生細胞を精密に選別するという、これまでに無い新しいコンセプトを提示した。
 初めに、目的の細胞で高発現するマイクロRNAと結合し、遺伝子の発現を制御できる人工mRNAを設計した。次に、この人工mRNAをヒトiPS細胞から分化した様々な細胞集団に導入することで、マイクロRNAの活性状態に応じて遺伝子の発現をON/OFF制御し、心筋細胞、インスリン産生細胞、肝細胞、iPS細胞などを精密に選別できることを示した。RNAスイッチ技術は、従来の細胞選別法と比較して、高効率、精密、簡便に目的の細胞を純化できる。さらに、がん細胞で高発現するマイクロRNAを検知して、細胞死を誘導するRNAスイッチの開発にも成功し、標的がん細胞を特異的に除去できる基盤技術を開発した。本研究の社会的有用性は高く、独自のRNA技術を活用した次世代医療における貢献が期待される。

図1