市村賞受賞者訪問

環境負荷低減型超ハイテン橋梁ケーブル用鋼線材

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第47回(平成26年度) 市村産業賞 本賞

新日鐵住金株式会社
棒線技術部 棒線商品技術室  谷田部 比呂志 さん
君津製鐵所 品質管理部  疋田 尚志 さん
技術開発本部 君津技術研究部  真鍋 敏之 さん

これからの交通インフラ整備進展を睨み世界に誇る"鉄づくり"技術で起こした一大変革

 長大吊橋の主塔に架け、ハンガーロープで結んだ橋桁を吊下げるメインケーブルは、直径5mm強の亜鉛めっき鋼線(ワイヤ)を平行に127本、6角形に束ねたストランドを、さらに直径約1mの太さに束ねたもの。ケーブル1本に合計約37000本のワイヤが使用され、長さは橋の全長間で継目のない数kmに及ぶ。
 「開発した線材が国内で使用される機会は、ここ数十年中にはないだろう」と、開発に携わった技術者たちは言う。日本では、この線材を採用して造るセンタースパン(2本の主塔間の距離)の長い超ハイテン橋梁ケーブル用ワイヤ(1770MPa以上:1mm2当たり180s以上の重さの引張に耐えられる強さ)を要する吊橋や斜張橋等の長大橋建設は90年代末でほぼ一段落し、当面は需要が生じない見通しだからだ。しかし目を世界に向けた時見えるのは、90年代後半から2000年にかけ、中国やアジア等の新興国を中心に交通インフラの整備に伴う数多くの長大橋建設計画が立ち上がり、そこではワイヤの一層の高強度化と急増する需要への供給対応が急務となっている。当テーマは、そうした中、これからの交通インフラ整備進展を睨み、世界に誇る新日鐵住金の"鉄づくり"技術が起こした一大変革である。


写真は開発したDLP線材®が採用され、来年完成予定のトルコ・イズミット湾横断橋(センタースパン1550m)の完成予想図

高生産性・環境負荷低減で実績あるDLP設備を長大橋ケーブル用線材製造に適用させよう!

 橋梁ケーブル製造は従来、鉄鋼メーカーでの鋼材の熱間圧延・成型・コイリングによる線材製造⇒ワイヤメーカーでの線材熱処理(パテンティング)・伸線・めっきによるワイヤ製造⇒ケーブルメーカー工場でのストランド製作⇒架橋現場でケーブル化という工程を経る。この工程中、最も非効率なのがワイヤメーカーで金属組織を造り込むパテンティング工程。納入された線材を加熱後、"単線で鉛に浸漬する鉛浴"を施す方法で、鉛パテンティング(Lead Patenting:以下LP)と呼ぶ。LPでは1工場当たり月間処理量は1000トンと少ない上、加熱によるCO2の排出や鉛の使用による環境への影響も問題となっている。
 そこで開発チームが目指したのが、85年に稼働させた独自のDLP(Direct in-Line Patenting:直接パテンティング)設備の適用による生産性の飛躍的向上。DLP設備は、線材の成型からパテンティング工程までを一貫させるもので、成型後の"コイル状の線材をそのまま溶融塩に浸漬する塩浴"で行う。ワイヤメーカーの鉛パテンティング工程を省き、1工場当たりの生産性を30倍高めると共に、CO2排出量7割削減と鉛フリー化を実現し、コンクリート建造物の補強鋼、ピアノ線製造等で実績を積んできた。しかし、このDLP線材®をこれからの長大橋ケーブルに適用させるには、越えるべき品質面の壁があった。

新日鐵住金独自のDLP設備。1985年から稼働している

DLP設備で成型からパテンティングまでを一貫し、ワイヤメーカーでの鉛パテンティング工程を省略

金属組織制御技術、現象解明、専用鋼種開発… "世界初"を次々と

 鉄は高温から低温にする際、金属組織が変化する変態という現象を起こす。パテンティングはその変態の中で硬度や延性が最も高い硬質パーライト組織を得る工程だ。LPでは線材の加熱後、単線で鉛に通すため均一な冷却処理ができる。一方、コイル状で塩浴に浸漬させるDLPでは、コイルが重なる両端部と、ばらけている中央部では冷却速度に差が出る。ここで生じるばらつきが線材の長手方向の材質ばらつきにつながってしまう。この難関を、コイリング時の強水冷により変態を起こす前の金属組織の結晶粒を微細化、変態を短時間化する最適金属組織制御技術を確立して突破。安定した品質を保証し2002年、世界初のDLP線材®の橋梁ケーブル適用を果たした。

ビレット(線材の材料とする鋼材)圧延後のコイリング


線材はコイル状でこの先の塩浴槽に浸漬される。この時両端のコイルの重なり部とばらけている中央部で冷却速度に差が出る問題があった


 品質面でぶつかった壁のもう一つは、塩浴による熱処理温度がLPの鉛浴より低い点だ。変態温度が低くなると線材表層に軟質ベイナイト組織が生成され、パーライト組織との混合組織を形成する。これはワイヤのねじりに対する強さ等の延性を低下させ、ケーブルのハイテン化を阻害する要因となっていた。開発チームはベイナイト生成過程をナノレベルで解析し、世界で初めて解明。2008年、圧延前の鋼材への合金元素B(ボロン)添加でベイナイト生成を抑制、さらにその効果を安定化させるTi(チタン)添加という緻密な成分設計により、高延性かつ高強度化が可能な橋梁用ワイヤ用DLP専用鋼種開発に至る。

5年後には売上倍増の見込み 不断の進化で世界の経済、文化交流をリードする

 施主(各国政府、官庁の発注担当者)や設計者による建設資材採用は、過去の実績重視でとかく価格競争の下でなされることが多い。だがDLP適用技術及び専用鋼種開発で生みだした数々のメリット、即ち生産性向上、橋梁長大化に対応する一層の高強度化(1870MPa以上)と工期短縮、画期的な環境負荷削減等々。そして特に、高度ノウハウが必要な鉛パテンティング工程の省略で、技術が未熟な新興国や鉛規制地域でのワイヤ生産が可能となり、ワイヤ供給の課題を世界的に解決する道を開いたことが大きい。
 施主や設計者にこれからの交通インフラ整備に不可欠なこうしたメリットを説き、理解を深めたサポートメンバーの努力も実を結び、DLP線材®の橋梁用ケーブル適用以降2014年現在、建設完了または建設中の海外の長大橋14橋のうち、中国、韓国、トルコ、ロシアの吊橋3橋、斜張橋5橋で採用され、うち2橋がB・Ti添加鋼である。中小橋梁を含めればDL P線材®の採用実績は31橋にのぼる。さらに当線材は橋梁以外にも、歩道橋の緊張筋、超大型クレーンの高強度ロープ、電線の強度部材等、インフラ・エネルギー分野での適用を広げ、2014年に対して2020年には2〜3倍の伸びを見込んでいる。
 開発者たちは口を揃える。「日本を代表する伝統の鉄鋼技術で当本賞を受賞できたことは真に光栄。古い技術の印象はあるが、我々の鉄鋼技術は進化し続けています。これを絶やすことなく世界の負託に応え一層の経済、文化交流をリードしていきます」。

中の3名が技術開発者の谷田部さん(中央)と疋田さん(左)、真鍋さん。左端は市村賞申請事務局の青山敦司さん。右端は真鍋さんの上司・平上大輔さん

(取材日 2015.4.14 君津市・新日鐵住金(株)君津製鐵所)
新日鐵住金(株)概要
同社(本社:千代田区丸の内、代表取締役社長:進藤孝生氏)は2012年10月1日、新日本製鐵鰍ニ住友金属工業鰍フ合併により発足。「鉄づくりを通じ、社会に貢献する」企業として製鉄、エンジニアリング、化学、新素材、システムソリューションの各事業をグローバル展開。連結会社377社、同従業員約8万4千人で年間約5兆5000億円を売り上げている。粗鋼生産量は連結で世界第2位。