市村賞受賞者訪問

超イオン伝導体創成と全固体電池開発

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第52回 令和元(2019)年度 市村学術賞 本賞

東京工業大学 科学技術創成研究院
教授 菅野 了次さん

未来の電源デバイスの要、全固体電池の挑戦

 リチウムイオン電池は、高出力かつ小型な電池として、機器のダウンサイジングや軽量化、機能性向上に大きな貢献を果たし、現在も進化中である。また、電気自動車や航空機などのバッテリーとして、その重要性が飛躍的に高まっている。しかし、電池はそれ単体では評価されにくい。「何をどう動かすか」、デバイスの進歩に伴って進化してきた歴史があるためだ。その意味で、次世代電池開発のモチベーションは、リチウムイオン電池が次世代の可搬電源に相応しいのか、という問いかけでもあった。菅野教授は、電池の性能向上の要である無機材料の合成に30年以上、携わってきた。その東京工業大学の研究グループでは、普及が進む固体酸化物型の燃料電池の高機能化や、新発想のエネルギー変換装置の開発をも睨み、多面的に材料の創製を推し進めている。そして、リチウム電池は、今後さらなる応用領域の拡大を見据えて、固体電解質を用いた全固体電池の実現へ向け、研究が続けられてきた。

菅野了次 教授
菅野了次 教授

研究室のみなさんと菅野教授(手前中央)
研究室のみなさんと菅野教授(手前中央)

全固体化の最大の壁は「電解質」

 蓄電池を固体化する際の最大の課題は、固体同士で界面を作り出せる固体電解物質、いわゆる超イオン伝導体が無かったことである。現在、製品としての電池には、液体の電解質が使われている。特に、リチウム電池に使われる有機溶媒は可燃性を有し、安全性に課題を抱える。これに対して全固体電池は、固体材料に置き換えることで安全性が格段に向上し、かつ大容量の電気を扱える。さらに、有機溶媒を用いた電池に内蔵されている安全装置が不要になり、コンパクトな設計が可能となる。固体電池開発の歴史は、1960年代までさかのぼる。この間、多くの候補物質が挙がったが、いずれも固体のイオン伝導率は液体にはおよばず、デバイスへの実用化研究は限られた領域に留まっていた。2000年には、菅野教授も実用固体電池に利用可能な材料として、初めてイオン伝導度の従来値を超える物質(チオリシコン)を発見したが、まだイオン伝導度は液系電解質の値をひと桁下回るレベルであり、全固体電池の実現可能性は遠かった。実用化のため、電解質にどんな材料を使用するか。菅野教授は、「チオリシコンと同系列の材料を使って、リチウム、リン、硫黄、ゲルマニウム系の相図(状態図)作りに取り組みました。すると、何か別の物質の存在に気づき、組成比を最適化して、ついに高い導電率の固体電解質材料を発見しました」と、当時の経緯を振り返る。

蓄電デバイスの実力比較
蓄電デバイスの実力比較
デバイスの出力密度とエネルギー密度について、各デバイスの特性を表示。キャパシタは高出力、リチウム空気は高エネルギー密度であり、リチウムイオン電池は両方に特長がある。全固体電池は、出力特性がリチウムイオン電池を越え、キャパシタの領域にも達する。

物質探索の成果、超イオン伝導体の発見

 2011年、菅野教授の研究グループは、リチウムに硫黄やゲルマニウムを混ぜることで、室温でリチウムイオンが固体中を液体中よりも速く移動できる「リチウム超イオン伝導体LGPS(Li10GeP2S12)」を世界で初めて発見した。LGPSは、超イオン伝導に適した三次元の結晶構造をもつ。結晶中にトンネル状の伝導経路が途切れなく設けられ、リチウムイオンを高濃度で満たすことで、液体系をも超える高出力・高充電速度を達成できた。その特性は、従来のリチウムイオン伝導体の2倍の伝導率をもち、さらに、既存のリチウム二次電池の電解質である有機溶媒を凌駕する伝導率を示した。また、液体系では低温域でイオン伝導率が急激に低下するのに対し、LGPSでは−30℃から100℃以上の幅広い温度領域で高い伝導率が保たれるため、低温環境に強いメリットがある。この新規イオニクス材料の創出は、イオン伝導で「固体が液体を凌ぐことはない」という常識を完全に覆すものであり、固体電解質研究での画期的なブレークスルーを実現した。さらに、2016年にはLGPS派生の固体電解質として、塩化物を少量添加した新規材料も発見された。菅野教授は、固体中の超イオン伝導が注目されなかった1980年代から、継続して物質探索に専心してきた。当発見はその卓越した情熱と、基礎研究の成果と言える。

超イオン伝導に適したLGPSの新たな結晶構造
超イオン伝導に適したLGPSの新たな結晶構造
GeS4四面体とLiS6八面体が稜を共有して一次元的に連結した鎖を作り、PS4四面体がその鎖を束ねて三次元骨格構造を形成。内部の一次元トンネル内をリチウムイオンが高速で移動する。多量のリチウムイオンが液体のようにトンネルを満たす様が、中性子回折の結果をマキシマムエントロピー法で解析して明らかになった。

固体電池の特性を活かし、次世代デバイスの先駆けに

 LGPSの発見は、全固体電池こそが次世代デバイスに適した蓄電池、という潮流を生み出した。世界では、無機系固体電解質を用いた固体電池が脚光を浴び、開発競争が始まった。一方で、イオン伝導体の基礎科学は、まだ手つかずと言える状況だ。デバイスの実用化へ向けて、材料開発とともに電池反応解明の基礎研究が必須であり、菅野教授の研究チームでも事業化のステージを見据えている。東京工業大学では、2018年に全固体電池開発の拠点となる「全固体電池研究ユニット」を設立し、大学内外の研究者が一丸となった研究体制を敷いた。加えて、産業界でも全固体電池の製造プロセス確立を主眼とする、国主導の開発プロジェクトが発足。オールジャパン体制で、イノベーションの推進を目指している。「固体電池の特性はまだまだ進化するでしょう。それと比較して現在の製造プロセスや材料開発は、既存のリチウム電池の常識が下地。固体電池はまったく違ったものなので、より特性を発揮できるよう基礎的環境の整備が急務です。多くの研究者や技術者と夢を共有し、固体電池が世に出てくれれば、これほど嬉しいことはありません」と、菅野教授は将来への展望を語った。

研究室がある東京工業大学 すずかけ台キャンパスG1棟
研究室がある東京工業大学 すずかけ台キャンパスG1棟


(取材日 令和2年6月24日 神奈川県・東京工業大学 科学技術創成研究院)
<プロフィール>
 1978年、大阪大学理学部化学科卒業。80年、同大学理学研究科無機および物理化学専攻課程修了。同年、三重大学工学部資源化学科助手。85年、大阪大学理学博士。89年、神戸大学理学部助教授。2001年から東京工業大学総合理工学研究科教授。専門分野は固体電気化学、エネルギー変換材料化学。一貫して物質探索に専心し、リチウム電池材料および超イオン伝導体の物質設計、電気-化学エネルギー変換材料の創製、全固体薄膜電池の開発、固体イオニクスおよび酸化物エレクトロニクスの研究に携わる。