市村賞受賞者訪問

ナノマテリアル機能開拓に基づくレアメタルフリー次世代電池材料の創製

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第52回 令和元(2019)年度 市村地球環境学術賞 貢献賞

東北大学 多元物質科学研究所
金属資源プロセス研究センター
センター長・教授 本間 格さん

逼迫するレアメタル資源の代替材料開発

 日本は、2015年のパリ協定で、2050年までに温室効果ガスの80%削減達成を公約している。そのためには、従来技術を超えたイノベーションの下、様々な環境技術のコスト低減が欠かせない。その施策の中で期待されるのが、燃料電池、蓄電池、自然発電など新たな電力エネルギーデバイスの普及拡大だ。近年は、ハイブリッド型の電気自動車等の普及が急拡大しているが、将来的に問題視されるのが、電池部材のレアメタル不足である。例えば、リチウムイオン電池電極のリチウムやコバルトなど、また燃料電池の触媒の白金は、将来のニーズに比して逼迫すると思われる。こうした課題を打開するには、二次電池や燃料電池をレアメタルフリーかつ低コスト化する必要がある。本間教授は長年、レアメタル類の代替材料開発に取り組み、先端的ナノ技術がもたらす画期的な機能性材料を開拓。あわせて、超臨界流体合成や水熱合成、水熱電解法など金属資源のプロセス工学を発展させ、レアメタルフリーの安価・高機能性電池デバイスの開発を、最前線で先導している。

本間 格 教授
本間 格 教授

「界面」に着目し、グラフェンを電極触媒に

 研究の基礎となったのは、2010年まで在籍した産業技術総合研究所で立ち上げられた研究グループである。そこでは、ナノクラスターやナノ粒子のような極微小物質に発現するナノサイズ効果を利用し、高機能な燃料電池やリチウムイオン電池の新材料創製が行われていた。二次電池・燃料電池の高性能化で、まず注目したのは「界面」だ。エネルギー貯蔵・変換材料では、界面にその現象が発現する。例えば、数原子のクラスターでも十分な電極性能が得られ、バルク(塊り)では不活性な絶縁性化合物も、ナノサイズ化で高出力材料に変換できる。異なるナノ材料技術を複合的に駆使し、バルクサイズでは発現しなかった新しい材料機能を開拓できるのだ。実際に本間教授は、グラフェン(炭素原子の単層状シート)の界面を、燃料電池の電極触媒として利用する技術を実現させた。元々、グラフェンは、レアメタルフリーかつ2,600m2/gの高比表面積と、高い電子導電性や安定性でデバイス応用の可能性を示していた。そこで、リチウムイオン貯蔵特性を調べると、グラフェンの層間距離に比例する貯蔵容量の増大が判明。原子数個レベルの白金クラスターをグラフェン表面へ安定的に固定化する手法を見出し、比表面積の大きさを利用した、高活性かつ白金使用量の極めて少ない電極触媒材料を開発した。

金属資源プロセス研究センターのみなさんと、本間 格 センター長(手前中央)
金属資源プロセス研究センターのみなさんと、本間 格 センター長(手前中央)


超臨界流体合成が突破口に、革新技術を次々開発

 次に取り組んだのは、「ナノ粒子によるコバルトフリーの電極材料の開発」だった。コバルトは、リチウムイオン電池の正極原料として使われるが、高価な上に世界生産の半分以上をアフリカの一国が占める。このコバルトフリー化を、豊富な鉄やマンガンのポリアニオン化合物で代替する手法を発案した。ところが、ポリアニオン化合物のような無機化合物を、単分散性で高結晶ナノ粒子に組成する合成法はほとんどなかった。加えて、セラミック材料などを作る際の「高温焼結法」では、結晶成長によりナノサイズ化が困難だ。低温プロセスで結晶性に優れたナノサイズ材料を作るという、矛盾を克服する技術が必要だった。そこで、高圧化学合成プロセスとして注視される「超臨界流体プロセス」に辿り着く。この合成法は、400℃前後の低温領域でも結晶核の発生と成長を制御でき、4nm〜100nmの高結晶性かつ単分散性のナノ結晶粒子を作ることができる。通常では作製困難な難焼結性のポリアニオン化合物のナノ粒子を、数分の短時間で合成できた。また、最適化された20nmサイズ粒子では、従来のコバルト酸化物材料に比べて約2倍のリチウム貯蔵容量を得ることができた。本間教授はその後、ナノマテリアル機能をさらに開拓し、「ナノ粒子を利用した準固体電解質」、「ナノ多孔カーボンを利用した有機分子電極」など、次々に革新的な開発成果を挙げていく。

ポリアニオン化合物の超臨界流体合成
ポリアニオン化合物の超臨界流体合成
一般にポリアニオン化合物群は絶縁体で電極活性は無いが、100nm以下にして粒子表面を炭素でコーティングすると電気化学活性化する。超臨界水を使って、コバルトを含まないポリアニオン化合物の活性物質の単分散ナノ粒子合成を行い、高容量高出力な電極材料を創成した。


ナノ粒子を利用した準個体電解質の開発
ナノ粒子を利用した準個体電解質の開発
7nmのシリカのナノ粒子とイオン液体を複合させることで、イオン液体はナノ粒子の3次元構造体に束縛されて、流動性の無い準固体状態となる。このナノサイズ界面効果を利用し、液体に匹敵するイオン伝導性がある新奇固体電解質を創製した。


ナノ多孔カーボンを利用した有機分子電極の開発
ナノ多孔カーボンを利用した有機分子電極の開発
キノン系分子をナノ多孔カーボンのナノ細孔中に埋め込むことで電気化学的に活性化させ、安定した充放電ができるナノ界面電極を作製。キャリアとしてプロトンを、電極・電解質材料として「水素、炭素、酸素、硫黄、塩素」だけを用いたセルで鉛電池に匹敵する蓄電エネルギー密度 33Wh/kg-両電極重量を達成し、良好な充放電サイクルの水系蓄電池を実証した。

レアメタルフリーで持続可能な産業システム構築

 東北大の多元研と金属資源プロセス研究センターは、1941年に国が設置した選鉱製錬研究所の流れを汲む。この研究所はコバルト資源の確保が目的で、およそ80年前に金属資源問題を課題と捉えていた。それだけに現在、本間教授が、レアメタルフリーの電池材料開発を牽引することは意義深い。高性能な蓄電池は、電気自動車やロボティクスなど産業機器をはじめ、再生可能エネルギーへの技術利用が期待され、2030年には30兆円の市場規模も予想される。そのとき、鉄やマンガンなど豊富にある資源だけで、高機能なリチウムイオン電池が提供できれば、デバイスの低コスト化と持続可能な生産インフラを構築できる。また、レアメタル産出国に左右されず、国際的な産業競争力の向上も見込めるだろう。本間教授は科学者としての目標を次のように語った。「高性能蓄電池材料の開発は、持続可能な産業システムを世界に提示する端緒になります。個人的には完全循環可能な資源で、高機能産業材料を創製したい。それを実現するのは、ナノサイエンスとナノテクノロジーであると信じています」。

東北大学 多元物質科学研究所 南1号館(仙台市青葉区)
東北大学 多元物質科学研究所 南1号館(仙台市青葉区)


(取材日 令和2年7月15日 宮城県仙台市・東北大学 多元物質科学研究所)
<プロフィール>
 1984年、東京大学工学部金属材料学科卒業。85年、東京大学工学部化学工学科・助手。91年、同工学部・講師。95年、工業技術院電子技術総合研究所・主任研究官。2001年、産業技術総合研究所・研究グループ長。10年、東北大学多元物質科学研究所(多元研)・教授。18年、東北大・多元研の金属資源プロセス研究センター発足にともない現職に。エネルギー技術にナノ材料科学を融合し、次世代電池の高機能化を図る材料研究を先導する。