新技術開発助成

金属研磨加工に広げ続ける新しい可能性、目指すは世界一の金属化粧商品メーカー

「希少金属を不要とする高耐食薄膜の堆積技術の実用化技術開発」
第86回(平成22年度第2次)助成

東洋ステンレス研磨工業株式会社 (福岡県) 代表取締役社長 門谷 誠さん
“門谷誠社長(左)と門谷豊統括部長
門谷誠社長(左)と門谷豊統括部長

錆びないのではなく、“錆びにくい”ステンレス

■世界の絶賛を浴びたステンレス表面処理技術
 東洋ステンレス研磨工業(以下東洋ステンレス) は、特に建築分野におけるステンレス外壁の研磨加工では世界的な地位を確立している。その代表となる事例が、ロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホール(2003年完成)における1.2m×3mステンレス鋼板約5000枚、マンハッタンのビークマンビルディング(76階建、2011年完成)での1m×3mステンレス鋼板約1万枚の供給。いずれも不良品ゼロ、全量均一な表面処理、もちろん納期厳守。社員一丸となってのこの取り組みは業界の絶賛を浴び、"金属表面処理の世界企業"の名声獲得につながった。
ウォルト・ディズニー・コンサートホール(左)とピークマンビル
ウォルト・ディズニー・コンサートホール(左)とピークマンビル
■必要な部分に必要な特性を
 建築物のほか、産業・医療・精密機器、厨房設備、モニュメント等の芸術作品等々で幅広く使用されるステンレスは、一般に錆びない鋼と思われがちだが、実は"錆びにくい"鋼である。溶接や曲げ等の加工の影響や、塩分の多い海岸付近や薬品タンクとしての使用環境により徐々に腐食を起こすことがある。これを防ぐため、製品に塗装を施すほか、素材自体も鋼材メーカーが耐食性強化を図り、昨今ではモリブデン等の希少金属(レアメタル)を含有させた高耐食性ステンレス鋼が多用されている。しかし塗装では割れや変色が発生、また元の金属へのリサイクルが困難。希少金属の使用は価格高騰と供給不安、資源枯渇問題に併せ、耐食性に優れるとはいえ表面への手指等の接触や汚れ、酸性雨による経年変化という、錆びにくい鋼の弱点を残す。
 そこで東洋ステンレスが挑んだのが"必要な部分に必要な特性を"の考えに基づいた本件テーマ。即ち希少金属を使って鋼材全体を強くするのでなく、汎用ステンレスの表面を高耐食化し、しかもリサイクル可、そして低コストで実現する技術の開発である。

ナノテク技術を、大面積堆積で使えるようにする

■九州工業大学と連携し開発スタート
 耐食薄膜の堆積技術はすでにある。P-CVD(プラズマ化学気相成長:薄膜を形成する蒸着法の一つ)法で、チャンバー内で原料ガスをプラズマに反応させ高耐食性のSiCN膜(シリコン炭窒化膜)を金属表面に製膜する。しかしその手法は、装置コストが高く、大面積・均一堆積が容易ではない。さらにSiCN膜堆積の原料として爆発・毒性の高いSiH4(シラン)が必要で、安全設備の導入も必要となるため、装置全体のコストは少なくとも2億円に達する。
 これに対し東洋ステンレスが着目したのが、液晶ディスプレイや集積回路、太陽電池等の薄膜形成に使われている半導体産業のナノテク技術・HW-CVD(ホットワイヤー化学気相成長、Cat-CVD:触媒化学気相成長とも呼ばれる)法。原料に非爆発性のHMDS(ヘキサメチルジシラザン)を用い、真空チャンバー内でホットワイヤー (加熱触媒体)を介しSiCN膜を基板表面に堆積するもの。「ミクロンオーダーの技術だが、ぜひ当社のものづくりに使えるようにしたい」との思いで2002年、九州工業大学・和泉亮教授と連携し開発をスタートさせた。
■世界唯一のHW-CVD装置を自社開発
 この技術をステンレス鋼板で使えるようにするには、何といっても大面積にSiCN膜が形成できる装置開発が必要となる。まずは2002年に和泉教授が作製した小型HW-CVD装置によりステンレス鋼板へのSiCN薄膜形成を確認。以後、生成膜の特性評価を重ねながら、40mm角の面積への薄膜形成に成功。2006年には新たな中型装置で300mm角の面積に、さらに2009年、その面積を1000mm角にまで拡大したHW-CVD装置の自社開発に至る。「だがどうしても膜厚や膜質にムラが生じてしまう。これではまったく商品価値がありません」。そして翌年、新技術開発財団の助成を得、装置機構の改善、加熱触媒体の耐久性向上、膜質改良と膜ムラの解消等々の技術課題を解決。P-CVD装置で必要だった安全設備を不要にし、均一にSiCN薄膜を堆積する世界唯一のHW-CVD装置を完成した。
いわば手作りで自社開発した世界唯一のHW-CVD装置
いわば手作りで自社開発した世界唯一のHW-CVD装置

"金属化粧師"たち、その活躍舞台はさらに大きく

■立体研磨加工技術で生んだ新しい戦略製品
 今回の技術開発で、東洋ステンレスが事業の新しい柱にしようとする製品が生まれた。1μ厚のSiCN薄膜を堆積した0.1mmのステンレス薄材に特殊な研磨を施し凹凸をつける。すると透明なSiCN膜が光干渉現象により、虹のような色合いを発する。この立体研磨加工技術で生み出したステンレス鋼板で目指しているのが建材用途の開拓だ。「世の中は平面から三次元へと動いている。建具メーカーとのタイアップも視野に積極的に市場投入していきます」。製品は今年、福岡や東京等で開催された関連展示会に出展したが、商社、セレクトショップ、家電メーカー、建築デザイナー等からの引き合いが相次いでいる。
立体研磨加工技術で生み出した幻想的な三次元表面処理
立体研磨加工技術で生み出した幻想的な三次元表面処理
■私たちは技術者であり、アーティストだ
 さらに東洋ステンレスではこの技術でのステンレス鋼のみならず、鉄や銅、アルミニウム合金、マグネシウム合金等へのSiCN薄膜堆積の適用実験を完了させている。今後の市場拡大、産業貢献への可能性はどんどん広がっているのだ。その東洋ステンレスの企業精神は"金属化粧師"。「私たちは研磨技術とコーティング技術を融合した技術者であり、アーティスト感覚を持つ金属化粧師である」がその心。厳格な品質管理と工程改善に努め、またお客様1件ずつのニーズに応える能力を高め、「世界一の金属化粧商品メーカーになる」というのが、明日に向かっての金属化粧師全員の決意である。
工場のあちこちに金属化粧師の心意気
工場のあちこちに金属化粧師の心意気
(取材日 2014年12月4日福岡県太宰府市 東洋ステンレス研磨工業)

東洋ステンレス研磨工業潟vロフィール

先代の門谷博氏が1966 (昭和41)年5月、金属の表面意匠研磨および機能研磨加工を事業として創業。1975年に株式会社に組織変更。1983年、誠氏が2代目代表取締役社長。助成対象技術は2002年に取締役統括部長の豊氏がリードして取り組みを開始。2011年、世界初の高機能薄膜製膜加工技術開発に成功。現在38名の“金属化粧師”が太宰府市の本社・工場を拠点に、金属の表面意匠研磨加工の新しい可能性を国内外に向け積極的に発信している。門谷豊統括部長に開発経過と今後を伺った。
太宰府市の東洋ステンレス研磨工業社屋
太宰府市の東洋ステンレス研磨工業社屋