植物研究助成

植物研究助成 19-05

植生帯境界における構成樹種の水分生理特性の観測に基づいた気候変動に対する植生応答の解明

代表研究者 東京農業大学 地域環境科学部
准教授 武生 雅明

背景

 現在も進行中の地球温暖化は21世紀中に生態系を大きく変化させると考えられ(IPCC 2007)、今後予測される気候変化に対して、植生がどのように応答するのかを把握することが急務である。植生帯動態に関する既存研究では、温度上昇により単純に高緯度・高標高へと平行移動するモデルが示されてきた。しかし、気候変化にともなう植生変化を予測するためには、植物の生理的な応答プロセスについての解明が不可欠である。近年では、測定機器の発展により、植物の様々な生理過程(水利用や光合成など)の詳細な連続観測を通じて、それらに依拠した気候変化にともなう個体群動態や生活史の変化、さらには植生帯の変動を把握することが可能となった。

目的

 本研究では、箱根・函南原生林において気候変化に対する構成樹種の水分生理的な応答プロセスを詳細な野外観測により把握し、それに依拠して常緑広葉樹林帯と落葉広葉樹林帯との境界域における地球温暖化に対する植生応答について解明することを目的とする。

方法

 函南原生林における森林生態学的な側面からの研究では、分布上限で常緑広葉樹の個体数密度や個体サイズ低下がみられ、冬期の低温に起因する乾燥または強光ストレスによる影響が示唆された。そこで本研究では、植生帯境界の決定機構に関わるこれらの要因の影響を明らかにするため、常緑広葉樹林帯上部(標高600m)、落葉広葉樹林帯下部(標高800m、1000m)の観測点において、樹木の生理的な特性(樹液流速、AEセンサーによるキャビテーションの発生頻度、および幹生長速度)についての連続観測を行う。AEセンサーについては、植物研究園および実験室においてキャビテーション発生頻度との関連性を十分に検証し、現地観測に適用する。光合成・蒸散速度、枝の通水コンダクタンスおよび葉の水ポテンシャルについては、観測点周辺に生育する樹木や現地に設置したポット苗を対象に定期的な測定を行う。これらの結果にもとづいて、生育場所の気候条件に対する構成樹種の生理生態的な応答プロセスを解明し、今後予想される地球温暖化に対する植生応答について検討する。

期待される成果

  気候条件と植生分布の対応関係に基づくこれまでの気候影響予測では、生態系の管理や保全に要求される精度を得ることができなかった。本研究では、植物の生理生態的な特性に着目して植生応答を明らかにすることで、気候変化による構成樹種の個体群動態の変化やその応答速度が推定でき、地球温暖化にともなう植生帯変動の予測精度が飛躍的に高まると期待される。