植物研究助成

花粉の飛散状況をリアルタイムで把握し、人のため、必ずその“答”を出す

『花粉の自家蛍光特性を活用した実用的な花粉種自動識別計数装置の開発』
<第19回(平成22年度)〜第20回(平成23年度)助成>

代表研究者
筑波大学 生命環境系
教授 
青柳 秀紀さん
   開発した花粉自動識別計数装置を横に、「研究は人や社会のために答えを出すことが大切」と語る青柳教授  
開発した花粉自動識別計数装置を横に、
「研究は人や社会のために答えを出すことが大切」
と語る青柳教授

小さな花粉の情報が持つ大きな可能性

----花粉に着目された理由は何ですか。
私は細胞機能の開発研究に携わり、微生物、植物等々の細胞機能の活性化や、細胞壁の交換等による潜在機能の有用化に取り組んでいます。花粉はそもそも細胞ですから、関わりは長くなります。今回の研究の背景にあったのは、花粉の種類を明確に識別し、その飛散分布や動態を知ること、つまり花粉情報の正確な把握が、植物の生態研究分野において重要な課題として着目されてきているということ。それが花粉情報を指標とした林業の将来設計、情報の蓄積による地球温暖化等の環境変動の把握、すなわち環境影響評価等にも役立てられると期待されているからです。
 さらに近年では、大気汚染の一因ともなる飛散花粉の中のアレルゲン花粉を原因とする花粉症が、日本では推定2,200万人もの患者がいるとされ、社会問題化しています。これに対し有効な対策を講じて社会貢献につなげるという目的もありました。

----花粉症対策はすぐにでも欲しいところですが、どのように進めているのでしょう。
花粉症対策として今日一般的なのは抗アレルギー薬による症状の緩和ですが、実は根本的治療法はないのです。最も有効な対策は現在では予防、つまり外出を控え、外出時にはマスクやメガネを使う、窓・戸を閉める、毛織物等の衣服は避ける、洗濯物を部屋干しにする等、花粉との接触を避けることです。そのためにも、局地的に飛散する花粉種を識別し、飛散数を選択的に、しかも感度よくリアルタイムで計測する手法を開発し、従来にない正確な花粉飛散情報を提供するシステムの構築を目指し、新技術開発財団の助成を得てその具体化に取り組んだわけです。
蛍光顕微鏡により花粉の自家蛍光特性を解析する青柳教授。これまでに40種以上の花粉を収集しデータ化した
蛍光顕微鏡により花粉の自家蛍光特性を解析する青柳教授。
これまでに40種以上の花粉を収集しデータ化した

自家蛍光特性の発見から実用装置開発成功に

----研究の要点となったのは、まずは花粉種の正確な識別ですね。
 大気中の花粉測定方法としては、一つに顕微鏡による目視測定があります。捕集機に設置したスライドグラスに塗布したワセリンに24時間の間に付着した花粉を染色し、顕微鏡で見ながら分類し計数します。これは花粉種の判別は可能ですが、人手もかかる一日単位の計測で、リアルタイムの連続計測はできません。
 また光散乱を利用した自動測定装置では、花粉と粉塵の区別が曖昧なため、花粉の量は正確に把握できず、花粉の種別は全くできません。
 本研究の成功は、適切な紫外光を照射すると、花粉種特有の自家蛍光を発することの発見に始まります。そこで、様々な花粉の自家蛍光特性(赤・緑・青)を蛍光顕微鏡で観察した結果、識別には青/赤の色比が有効な指標となることが判明しました。さらに、青/赤比を自動解析するソフトを開発し、花粉の粒径値を組み合わせた画像解析により、現在40種以上の花粉データを集積しています。

----開発された識別計数装置の仕組みと、“実用的”な特徴はどんな点にありますか。
装置は、ポンプで吸引した大気中の花粉と他の浮遊粒子をサイズ差で分離するバーチャルインパクターにより、選択され1個ずつ測定部に吸い込まれた花粉に、青色半導体レーザーで紫外光を照射します。花粉の自家蛍光と散乱光を受光部で検出し、青/赤比と散乱光から推算した粒径で花粉種を自動的に識別・計数します。その情報は無線で研究室の私のパソコンにリアルタイムで送信されてきます。
 平成22年度と23年度の助成により装置の光源をキセノンランプから青色半導体レーザーに変更、バーチャルインパクターの分離効率の向上、吸引大気を清浄空気で包み測定部を汚さないシースエアー機構の導入、部品構成の見直し等々により、計測精度や感度の向上、メンテナンスフリー化、通信機能整備等、利用性向上と小型化を果たした実用機の創出に至っています。この非破壊・簡便な花粉種の自動識別計数技術は世界に類を見ません。

筑波大農林技術センター屋上に設置されている花粉種自動識別計数装置
筑波大農林技術センター屋上に設置されている花粉種自動識別計数装置

図

これからさらに、“答を出す研究”を進めます

----このシステムは身近な問題である花粉症対策では、どんな成果を生みましたか。
 春のスギやヒノキだけでなく、秋のカモガヤ、ネズミホソムギ、ブタクサ等のアレルゲン花粉飛散の局地的リアルタイム測定も可能で、東京都や横浜市の花粉情報サービスに採用され、年間を通じパソコンや携帯電話への種別数速報と時系列予報を行っています。これは、例えば北米やロシアに多いカバノキ花粉症、欧州のイネ科花粉症等世界の花粉症対策へも応用できるものです。また、住宅業界では、花粉情報に応じてエントランスエアシャワーや花粉除去空調システムの自動起動、バルコニー・窓の自動閉鎖等を組み入れた花粉対応住宅も検討され始めています。

リアルタイムで花粉の種別数速報と時系列予報を提供している東京都の「とうきょう花粉ネット」のホームページ。携帯電話でも閲覧できる
リアルタイムで花粉の種別数速報と時系列予報を提供している東京都の
「とうきょう花粉ネット」のホームページ。携帯電話でも閲覧できる

----平成24年度市村学術賞貢献賞受賞につながりましたが、今後の活動についてお聞かせください。
冒頭にお話した植物生態系解明、花粉症対策も含めた林業の将来設計、環境影響評価への一層の貢献に加え、遺伝子組み換え植物の花粉の飛散挙動把握やカビ胞子、黄砂等の大気環境粒子のモニタリングへの利用拡大について研究を進めています。併せて花粉と同時に大気中に浮遊する様々な微粒子との相互作用解析にも取り組んでいます。具体的には、花粉への微粒子の付着による測定時の蛍光強度や色比への影響、花粉種と各微粒子の付着状況、付着によるアレルゲンの変化、それらによる発芽への影響等です。その一環として放射性セシウムやストロンチウムとの付着特性解析も推進中です。
 研究は人や社会のために答を出すことが大切だと考えています。周りの方々のご厚意やご支援に対して"さすがだな"でお返しする、そういう理念を持って今後も頑張ります。

市村学術賞貢献賞を受賞する青柳教授(4月27日、ホテルオークラ東京にて)
市村学術賞貢献賞を受賞する青柳教授(4月27日、ホテルオークラ東京にて)

 (取材日 2012年4月20日 つくば市・筑波大学)