植物研究助成

日本の土壌性質を考慮した評価モデルの構築で、従来の認識に変化が起きたのは大きな成果です

『我が国の樹木年輪への放射性核種の取り込みメカニズムの解明』
<第24回(平成27年度)助成>

代表研究者
北海道大学・大学院工学研究院
助教
太田 朋子さん(所属は研究当時)

専門は放射化学・放射能環境動態工学。2000年〜2006年まで、放射化学・核化学の研究者であった、故・佐藤純教授(理学博士)の下で学ぶ。2006年から京都大学・原子炉実験所・放射能環境動態研究分野・助手(2007〜助教)、および京都大学・大学院・工学研究科・都市環境工学専攻・助教を兼務。2011年から北海道大学・大学院工学研究院・助教を経て、2015〜2016年、IAEAで環境放射能研究に従事。
   太田 朋子さん  

福島の原発事故を受け、放射化学者としてできること

-----「樹木へのセシウム取り込み評価モデル」を研究されるきっかけをお教えください。
発端は、2011年に福島で起こった原子力災害です。それまでは、主に自然界にある放射性核種を扱っていましたが、事故があって、放射化学の研究者として何かしなければ、と思いました。私が京都大学・原子炉実験所にいた頃に、同じ研究室におられた馬原教授(現・京都大学名誉教授)が、長崎原爆とチェルノブイリ事故の際の、樹木年輪の放射性プルトニウムやセシウムに関するご研究経験をお持ちだったことも、私の研究への後押しになりました。先生は、その時の研究データの分析から、放射性核種が根から吸収されるのではなく、葉から入るのではないか、と考えておられたようです。事故当時の福島には、森林汚染による被曝量を減らすために、大規模伐採をしようという話がありました。しかし、木の中のセシウムが経根吸収でないのであれば、経年による濃度の上昇の心配はありません。大規模伐採の動きに歯止めをかけるために、まずは科学的なデータを示そうと、今回の研究に着手しました。

福島の演習林でのフィールド調査

樹木を徹底解剖して、セシウム吸収予測の新基準を作る

--------今回構築された、新しい評価モデルについてご教示ください。
樹木は、根の末端の「細根」と呼ばれるヒゲのような部分から、養分や水分を吸い上げています。土壌内の水の浸透速度はとても緩やかですが、それ以上にセシウムは浸透が遅いためほとんど動きがありません。私たちが実測データと組み合わせたモデルは、根の深度と土壌中の放射性セシウム濃度とその浸透速度を考慮し、根から吸収する放射性セシウム量を加味した、樹木の中のセシウム濃度の未来予測をするものです。
フィールド調査では、福島林業研究センターと宇都宮大学にご協力いただきました。根の調査は、宇都宮大学・演習林からスギを採取したのち、まず林学で言うところの谷側と山側に根のサンプルを分けます。最終的には、様々な樹齢別に細根を集めて、吸収度合いがどのような深度分布になっているか、すべて検証しました。その上で、フィールドの実測で得られた土壌中のデータと、自分たちで設定した、“根の深度が一番浅い位置にある時にセシウムを吸収させる”という、たいへん樹木にとっては過酷な条件の下で、10、20、30年後に材の中にどの程度のセシウム濃度があるかを予測します。その結果、最も過酷な条件でモデル計算をしても、スギに関してはまったく増加しないという予測が立ちました。また、室内実験では、樹木中のセシウムの追跡調査を実施しています。浸透速度を把握するため、樹木の各部位に水溶性セシウムを塗り、その後、樹木のすべての部位を細かく切り分けて灰化濃縮し、蛍光X線分析装置にかけて吸収度合いを測定しました。

根の深度分布の調査

宇都宮での伐採調査

蛍光X線分析装置にかけて、吸収度合いを測定 樹木中のセシウムの追跡調査

----本研究に対する反響や評価はいかがでしょうか?
チェルノブイリの事故以来、国際的に構築された樹木へのセシウムの取り込み評価モデルでは、経根吸収が主体となっていましたが、本研究によって、日本の土壌化学的性質を考慮した評価モデルの基礎を構築できたことは、大きな成果だと感じています。振り返れば、研究初期に提出した論文は、定説を覆すような内容とデータ不足からリジェクトされたこともありましたが、この経験を踏まえ、データ数を増やして室内実験も積み重ねることで、2014年にはネイチャーの姉妹誌である『サイエンティフィック・リポーツ』に論文が掲載されるまでになりました。放射能の研究対象は、人間が食べられるものが優先的に選択されるため、森林の優先順位は低いです。しかし、今回の私たちの研究成果やデータは、国際的なセミナーでも発表させていただく機会があり、国連関係者、IAEAの有識者などの認識を変化させていると感じています。

図

人類資源の循環へ、大きな枠組みで役立てたい

----今後は、どのように研究を展開されようとお考えですか?
私たちが作ったモデルの妥当性は、10〜20年ほど経たなければ正確に判明しないため、連続して調査をし、データを取り続けることで、確固たるモデルにしていきたいと考えます。今回の研究では着手できませんでしたが、さらなる調査で配慮すべきは、植物のバイオリズムだと思っています。春夏秋冬と季節があり、樹木によって活発な時期が違うので、今後はそこを細かく研究したいですね。また、これまでは木1本だけを見てきましたので、今後は森林全体のスケールでセシウムの動きを捉えたいと考えています。放射能除染の観点から考えて、自然環境へどのような影響があり、有効な処分方法や安全な循環メカニズムを再構築するにはどうすればよいか、といった大きな枠組みで研究を展開したいです。

----最後に先生ご自身の夢をお教えください。
私は、年代測定が好きで放射化学の道に入ったので、ひじょうに美しい精緻な放射性同位体スケールでできた時計をつくりたいと考えています。目には見えませんが、時計のごとく色々な年代を測るトレーサーや装置を開発することで、様々な分野で活用できます。例えば、人類がアクセスできる飲み水のひとつに地下水が挙げられますが、地下水はとても傷つきやすい資源で、無理に古代の水脈をくみ上げると枯れてしまいます。本当に人間が採取して良いものなのかを判別する意味で、年代測定を活用して、人類の資源確保の一助になればと考えています。
 (取材日 平成28年5月11日 新技術開発財団)