植物研究助成

独自の菌類相を持つ海洋島や伊豆半島を探索、新たな創薬資源を発見し、医薬品開発に貢献したい

『伊豆半島菌類の生物活性物質生産菌としての有用性に関する研究』
<第24回(平成27年度)助成>
<第25回(平成28年度)助成>

代表研究者
北里大学 北里生命科学研究所
助教
野中 健一さん

学校法人北里研究所 北里大学 北里生命科学研究所および大学院感染制御科学府に所属、研究推進部門・微生物資源研究センターで助教を務める。生命科学博士。研究分野は生物多様性・分類、応用微生物学。若き日、自衛官を3年勤めあげた後、青山学院大学・横浜市立大学大学院を修了してIT企業に就職。2005年、北里研究所・研究員となり現在に至る。書道・武道全般の有段者、ほか多くのライセンスを持つ。日本農芸化学会員、日本菌学会員。
   野中 健一さん
植物の根元の土壌には多くの菌類が生息する
 

伊豆半島の特異性が生み出す可能性

----「伊豆半島の菌類」の研究・調査を始められたきっかけをお教えください。
伊豆半島に着目したのは、今回の助成応募がきっかけでした。伊豆半島や財団の植物研究園のサンプルを活用する理念が掲げられていたため、周辺地域を調べた結果、伊豆半島がかつて海洋島だったことが分かりました。私の研究対象としている海洋島とは、海底火山の噴火や珊瑚の堆積で形成され、過去に大陸とつながったことのない島を指します。このような島へ菌類が上陸するには、風や波に乗って来るか、飛ぶ生物に付着して来る以外にありません。こうした環境下、やって来た菌類は生存競争の結果、おのずと強い菌種のみが生き残る。その強い生命力の裏には、自らなんらかの物質を出して競合種を撃退できる能力があるはずです。そこで、「撃退能力が高い=活性物質の生産能力が高い」という仮説の元、半島の菌類を採集して有用な創薬資源の発見につなげたいと考えました。
日本の海洋島は伊豆諸島、小笠原諸島、沖縄の大東諸島の3カ所しかないため、研究範囲を拡大する意味でも、新しいフィールドに目を向けることができて感謝しています。生物学的には、菌類は植物と共に進化してきたと言われています。私たちは、菌類(主にカビなどの糸状菌)を分離する際にまず土を集めますが、一般的な土壌よりも植物の根本周辺の方が菌類(カビ)の種類・生息数が圧倒的に多い上、植物ごとに菌の種類も変わってきます。伊豆半島は、固有植物が豊富なためとても魅力的な土地ですし、そうした特異性が研究内容を充実させて、成果に寄与したと思います。

研究室では年間平均約5,000サンプルを調整・検証する   カビ類の培養装置

地理的・生物学的知見の活用で創薬資源の獲得へ

----日本本土と海洋島の菌類にはどのような違いがありますか?
私は、海洋島と日本本土および大陸島との比較を10年近く行ってきましたが、伊豆半島の菌類を分離して他の地域と比較してみたところ、20属以上の不完全菌類を分離し、旧バッカクキン(麦角菌)科の菌が採れる割合が伊豆以外の本州の2倍以上ということが分かりました。旧バッカクキン科には、植物・キノコ・線虫に寄生する菌類や冬虫夏草類などもあり、このように生物へ影響を及ぼす菌類が本州と比べてかなり多い印象です。そのほか伊豆半島では、本州と同じ菌種でも性質が少し違っていたり、新種の割合が多いことが分かってきたため、新規活性物質の見つかる可能性が高いと結論づけました。

----伊豆半島の「生物活性物質生産菌の有用性」についてご教示ください。
微生物は、自分や宿主の身を守るために様々な物質を生産しますが、この際に外敵を撃退する生産物などが生物活性物質です。私たちは、こうした特性を応用しながら、人への副作用を低減したものを薬として活用しています。世界的な実例を挙げれば、セファロスポリンは抗細菌剤に、シクロスポリンは免疫抑制剤にと、菌類が作り出す化合物が医薬品につながっています。ノーベル生理学・医学賞を受賞した本学の大村智特別栄誉教授は、静岡県伊東市のゴルフ場近くの土から新種の放線菌を発見、その生産物を元に抗寄生虫薬イベルメクチンが創薬され、世界の風土病撲滅や畜産業に多大な貢献をしました。今回、調査範囲を広げた初島・淡島を含め伊豆半島の菌類からは、今後、新たな有用物質が獲得できると期待しています。

大村創薬グループで実用化された有用化合物

----野中先生の菌類研究における新規性や優位性はどんな点でしょうか?
新規性という点では、島の形成過程に焦点を絞って創薬資源となる菌類を採取するのは、初の試みだと思います。菌類から抗生物質を探すことは日本でも古くから行われており、これまでも「島」に着目して沖縄などで活動している研究者はいました。しかし多くの場合、探索ターゲットは本州であり、長い調査の歴史もあるため近年では日本本土の菌類から新薬につながるものは、なかなか見つけられない状況でした。「海洋島」という新しいフィールドは、こうした流れを打破する契機になるかもしれません。最近10年間で、私たち大村創薬グループで見つけた新規化合物の7割以上が海洋島の菌類から見つかっています。
もともと島の生物には固有種が多い上、伊豆半島のように海洋島が本土へ衝突して形成されたパターンは世界でも多くはありません。そのため、伊豆半島には独自の生態系が形成されている。菌類は胞子を飛ばすものもいるので本土と往き来がありそうですが、伊豆半島は本州よりも伊豆諸島(海洋島)に菌類相が似ているという今回の調査結果から、この半島の菌類相は海洋島であった頃から維持されているようです。類似性を裏付けた点は、他の研究者に対して優位性があると思います。

菌類の記載種類と内訳・糸状菌の形態

菌類への知見を高め、人類に貢献できる薬をつくる

----最後に、先生ご自身の夢をお聞かせください。

北里大学 北里生命科学研究所私の専門である真菌類は、糸状菌・キノコ・酵母を含めて約10万種が世界で発見されていますが、推計では地球上に150万種が生息するとされており、人類が発見し命名したものはわずか7%です。私は、未知なる菌類を見つけ新薬の開発に貢献していく立場。かつて所属グループで見つけた菌類から、アブラムシ類などに効果的な農業用殺虫剤InscalisR(BASF社・Meiji Seika ファルマ社との共同開発)など製品化したものもありますが、伊豆半島の研究は、やっと菌類の有用性が把握できた段階で、これからが真のスタートです。新しい菌を見つけると同時に、ひとつの菌の持つ能力がまだまだ引き出せていないこともあり、研究をさらに進めて、薬がない、または効かない疾病や、農薬がまだない病害虫を少しでも多く撲滅できるよう、貢献していきたいと思います。
 (取材日 平成29年5月25日 東京都・北里大学 北里生命科学研究所)