市村賞受賞者訪問

平坦化SiO2膜/Cu電極/基板構造小型弾性表面波デュプレクサ

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第43回(平成22年度) 市村産業賞 本賞

株式会社 村田製作所

<受賞者>
技術・事業開発本部 門田研究室 門田 道雄さん
同開発本部 商品開発統括部 中尾 武志さん
EMI事業部 第1商品開発部 西山 健次さん

世界で唯一、最少のSAWアンテナ共用器

 当件タイトルは、「厚さ数百μmにカットしたLiTaO3(タンタル酸リチウム)やLiNbO3(ニオブ酸リチウム)の圧電基板上に、高密度Cu(銅)の櫛形電極を配し、表面が平坦な状態に加工した二酸化シリコンの薄膜を形成。世界で唯一の構造と最小(2.5×2×0.55mm)の弾性表面波(Surface Acoustic Wave:SAW)技術による携帯電話のデュプレクサ(アンテナ共用器)を開発した」ことを意味する。
 送受信を同時に行う携帯電話のSAWデュプレクサは、送信用SAWフィルタと受信用SAWフィルタを接続し、それぞれ、アンテナで受信した電波の中から特定の周波数の信号だけ通過させ、機器内で作成した送信用周波数の信号だけをアンテナから電波として送信するデバイス。
 特に送信周波数帯域と受信周波数帯域の間隔が狭い米国のPCS(Personal Communications Service)方式の携帯電話システムや欧州のバンド8では、送受信が混信せず、温度特性が良好で、小型、安価な高性能デュプレクサが要求されていた。また全世界向け第3世代携帯電話通信システムとして加入者が急増しているW-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)では一層の良好な温度特性、小型、低消費電力化が求められている。

全通信方式に対応して商品化、世界シェア50%超

 2004年頃までは誘電体セラミックスによるデュプレクサが使われていたが、小型化や低価格化に難があり、2000年前後からデバイスメーカー各社が開発に取り組み、PCS方式向けに検討されていたのがAl(アルミニウム)電極を圧電基板上に形成したSAWデュプレクサ。しかし、電力投入や使用環境等によるデバイスの温度変化で、周波数変動による混信が発生し、またW-CDMAにおいては、入力信号と出力信号の問でのエネルギー損失すなわち挿入損失への要求が特に厳しいのに対し、挿入損失が温度変動により非常に大きくなり消費電力が増すという課題を残していた。
 これを、表面にSiO2膜を形成して温度変化に対する安定性の確保、さらに高密度Cu電極の採用やSiO2膜表面を平坦化してのQの改善と、周波数特性や挿入損失の温度による変動のないSAWデュプレクサ用圧電基板開発等々により解決。2004年、PCS向け5×5×1.65mmの小型SAWデュプレクサを商品化した。これを皮切りに、さらなる小型化、改良を進め、2006年にW-CDMA用を商品化。2008年に冒頭の世界最小サイズ(誘電体デュプレクサとの面積比で1/40)を実現し、2009年にはバンド8用も実用化した。この結果2010年度の村田製作所の携帯電話/スマートフォン世界市場でのシェアは50%超(W-CDMAでは70%過)、2010年度1年間の販売数量3億個超、売上高は120億円超に達している。
左の写真が今回開発した世界最小のSAWデュプレクサ 右の写真は現在進んでいる複数の通信システム用SAWデュプレクサを搭載した携帯電話の基板(NECカシオモバイルコミュニケーションズの例)
左の写真が今回開発した世界最小のSAWデュプレクサ
右の写真は現在進んでいる複数の通信システム用SAWデュプレクサを搭載した
携帯電話の基板(NECカシオモバイルコミュニケーションズの例)

あくまで“村田オリジナル”のマインドで

 同社の研究開発の取り組み姿勢を、当件開発を主導した門田さんは言う。「私たちは材料に始まり、プロセス開発、生産に至るまで積極的に関わり“新しい何か”を創っています。その中で既に行われたことの真似でなく、必ず村田製作所らしいオリジナルな成果を生んでいこうと呼びかけています」。
 これを受け、SiO2膜表面平坦化を担当した西山さんは、「平坦化はまず電極の厚みでSiO2成膜した基板上に電極パターンのレジストを形成後、膜をエッチングして電極を埋め込み、さらに全体をSi02で覆うというプロセスを踏みます。その際エッチング時のレジスト残直が電極に付着しやすく1カ月悩みに悩みましたが、何とか新しい処理を施し他にないデバイス開発につなげました」。SAW設計を統括した中尾さんは、「お客様からの要求は、例えば85℃の環境下で1000時間の耐久性や1Wの入力電力で5万時間の耐久性が欲しい等厳しいものが多く、加えて商品化直前にはまだ何十もの解決を要する項目がありました。しかし目的を理解した他部門からの知恵やノウハウの提供、量産の合間を縫って実験ラインを設定してくれた製造部門、商品化前後には商品技術部門のSEが、お客様へのアピールのため度々海外出張もしてくれました」。
 こうした言葉に、研究開発部門にとどまらない門田マインドの全社的浸透ぶりが見える。
紫外線の入った光を当て電極のパターンを形成する露光装置
紫外線の入った光を当て電極のパターンを形成する露光装置

高密度プラズマエッチング装置
高密度プラズマエッチング装置

試作したSAWデュプレクサの測定
試作したSAWデュプレクサの測定

目指すは世界に先駆けたマルチバンド化

 平坦化SiO2膜/Cu電極/基板構造小型弾性表面波デュプレクサは、今日最も普及しているW-CDMAを中心に純国産商品として全世界で使われ、さらに他のシステムへの応用が期待されている。IEEEはじめ関連学会や売上比率95%を占める海外携帯電話メーカーでの招待講演も相次いでいる。技術の海外移転、産業の空洞化が懸念される中、この成果は世界のデファクトスタンダードとなる可能性を持った、技術立国・日本への道筋を明確に示している。
  近年、携帯電話は多機能化に併せ、世界のどこでも使えるように複数の通信システム用SAWデュプレクサの搭載が進んでいる。ますますの特性改善、小型化、低コスト化、省電力化への要請に対し門田さんは、「これからは同業よりICメーカーが競合になるでしょう。現在私たちは世界に先駆け、多数の通信システムが搭載されマルチバンドされたところを、1つのSAWデバイスで実現できる技術開発に取り組んでいます。早期に実現させ、日本の産業発展、そして世界に貢献していきたい」と、力強く語ってくれた。
右から受賞者の西山さん、門田さん、中尾さん 左は市村産業賞申請事務局の竹本一也さん
右から受賞者の西山さん、門田さん、中尾さん
左は市村産業賞申請事務局の竹本一也さん
(取材日2011年4月18日滋賀県野洲市・村田製作所野洲事業所)
プロフィール
 1950年、村田製作所設立(創業は1944年)。京都府長岡京市に本社を置き、ファンクショナルセラミックスをベースとした電子デバイスの研究・開発・販売を事業展開。世界でトップシェアを誇るセラミックコンデンサを筆頭に、本受賞対象となった圧電製品、その他コンポーネント、通信モジュール等で連結の売上高約5,300億円/年、従業員数約34,000名(2010.3.31現在)。海外売上比率が80%以上というクローパル企業である。