市村賞受賞者訪問

燃料電池自動車「MIRAI」の「トヨタフューエルセルシステム TFCS開発」

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第48回(平成27年度) 市村産業賞 本賞

トヨタ自動車株式会社
FC技術・開発部 品質監査室  能登 博則 さん
FC技術・開発部 FC機能設計室  高山 干城 さん
FC技術・開発部 水素貯蔵設計室  近藤 政彰 さん

3分程度の水素充填で約650km走行を可能に、排出されるのは水だけの次世代エコカー

 トヨタが1997年に販売開始した、内燃機関+モーター&バッテリーのハイブリッドシステム搭載の「プリウス」は、実用的なエコカーとして順調にシェアを伸ばしてきた。だが、内燃機関を積んでいる以上、燃料の燃焼で二酸化炭素やNOxなどは排出する。この課題を克服できれば、環境とエネルギーの完全な解決が可能になる。そして2014年12月、この課題を解決した画期的なFCVがトヨタから発売された。それが「MIRAI」だ。MIRAIは、外気から取り入れる酸素と、高圧タンクから流し込む水素を燃料電池「FCスタック」内で反応させ電気を発生、モーターで走る量産型車だ。走行時に排出されるのは水だけであり、H2+1/2 O2=H2Oという化学式そのままの、究極のクリーン・カーである。水素の満タン充填時間はわずか3分程度。約650kmの走行が可能(JC08モード)で、街乗りから長距離ドライブまで対応できるスペックを持つ。
 生産台数は当初、700台/年であったが、ユーザーの評価は高く、現在は2,100台/年に増産するも3年待ちの状態。そのため、順次増産体制への移行を進めており、2016年中に3,000台/年を予定している。また、2015年秋からは米国及び欧州での販売とリース事業もスタートしている。


TFCSの作動原理

燃料電池の構造を根本から新規開発、小型・高性能化により出力密度3.1kW/Lを実現

 水素自動車といえば、水素を炭素系燃料の代替とする水素エンジンと言う選択肢もあるが、水素を燃焼させた場合、エネルギーのほとんどが熱に変わってしまい、効率が悪い。しかし、水素を触媒で酸素と電気化学反応させる燃料電池は、発電効率が理論上8割と高効率である。トヨタが開発したFCスタックは、水素エネルギーを最大限有効活用する“要”だ。従来のものは、反応で生成した水が滞留しやすく、酸素の流路が阻害されて発電効率が落ちやすかった。しかし、完全に排水してしまうと発電に必要な水が不足し、性能が悪くなる。そこで、耐食性に優れるチタンをベースに微細加工を施し、3次元微細格子構造の3Dファインメッシュ流路を新たに考案した。これにより水分はメッシュの細かい流路へと吸い上げられ、酸素供給を妨げない構造となった。同時に適度な湿度を保ちつつ効率的な反応が促されるため、高い発電効率を実現できた。このようなセル構造の革新によるセル面内の均一発電に加え、電解質膜薄膜化など電極の革新による生成水の内部循環促進(自己加湿)と 水素循環量の制御により、世界初の外部加湿器レスシステムを実現。システムを簡素化し、コンパクト・低コスト化を実現した。
 また、セルの中身も電解質膜やガス拡散層は薄型化され、水素イオンの伝導性や酸素の拡散性が格段に向上。触媒は、プラチナとコバルトの合金化と、微細化することで、1.8倍の活性向上を実現。これにより電流密度の大幅な向上と、FCスタック1基あたりのセル数を従来よりも少ない370セルとし、スタックを1列積層化することも含め、体積当たりの出力は3.1kW/Lと世界トップレベルになった。しかも、スタック自体の小型・高性能化で全体のコストダウンにも繋がった。
 スタックで発電された電気は、新型FC昇圧コンバーターへ送られて最大650Vまで引き上げ、駆動用モーターでタイヤを動かす。最高速度は時速175kmに達する。モーターは減速時には発電機として機能し、バッテリーに蓄電する。そして燃料電池車は、停電などの非常時には簡易的な電源車としても活用できる。

新技術3Dファインメッシュ流路の立体拡大模型

セル流路の革新

軽量かつ強靭な超高圧タンクを実現した、独自の新技術「フィラメントワインディング」

 従来、研究されていた水素吸蔵合金は、重い割に貯蔵量が少ない。また、既存の35MPaタンクを使用すると軽くはなるものの、走行距離を確保するための高圧充填に対応していない。そこで、トヨタの開発陣は高圧水素タンクを独自にゼロから自社開発した。CFRP(炭素繊維強化プラスチック)とGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)の極細繊維を、タンクの形状になるよう何重にも巻き込んでおり、軽くて丈夫だ。また、重くなりやすいタンク両端の境界付近はライナー形状を工夫し、繊維の強度を余すことなく利用する巻き方を開発。両端の保護パッドには膨張カーボンが織り込まれており、火にさらされると断熱層を形成し、タンク強度の低下を抑制する。一定の高温以上になるとバルブの溶栓弁が作動し、水素を逃がす仕組みも確立している。乗員の安全を守る対策を、徹底的に追及した結果だ。その上で、充填圧は従来の倍近い70MPa。世界最高レベルの貯蔵効率5.7wt.%を実現したのである。(※貯蔵効率は、水素の重さを容器の重さで割った百分率)

FCスタック+FC昇圧コンバーター(左)と高圧水素タンク(右)の実機カットモデル


フィラメントワインディングの革新

水素社会のパイオニア=MIRAIを軸に描かれる青写真

 MIRAIは、既存技術を活用しながら革新的なブレイクスルーを成し遂げたことも大きい。ハイブリッド車のモーター&バッテリー技術に加え、生産性を考慮し他車と共通する部品を出来る限り増やして低コスト化を図り、量産しやすさも追求した。将来的には逆に、MIRAIの技術やパーツを様々な他車種へ応用することが想定される。
 国や産業界も積極的で、2014年発表の政府ロードマップでは、水素ステーションを2025年度までに全国で320カ所程度設置する計画である。FCVの価格帯も現在の700万円ほどから、2025年頃をメドにハイブリッド車並みへのプライスダウンを目標とする。さらにトヨタは水素技術の主要特許を世界に開示し、普及にも努めている。トヨタの開発陣はそろって、「今後もセルの小型化や発電効率の向上、さらなるコストダウンに取り組む」と意気込みを語った。日本が描く水素社会の先駆けとして、MIRAIの将来性と今後の動向が注目される。

水素ステーションでMIRAIに水素を充填(満タンまでわずか3分程度)

MIRAIと開発チームのみなさん

(取材日 平成28年4月19日 豊田市・トヨタ自動車本社工場)
トヨタ自動車(株)概要
1937年、豊田喜一郎氏により創業。2009年、豊田章男・現社長が就任。同社のエコカーは、1996年、「RAV4」の電気自動車(EV)タイプを皮切りに、1997年、内燃機関+モーター&バッテリー(ハイブリッド)の「プリウス」を販売開始。同時に燃料電池車(FCV)の新技術開発も積極的に進め、2014年にMIRAIを発売。連結子会社数548社、従業員約35万人、年間売上高約28兆円(2016年3月期)。