植物研究助成

植物研究助成 30-12

低温脱馴化過程における植物細胞壁の網羅解析法の確立

代表研究者 埼玉大学 大学院理工学研究科
助教 高橋 大輔

背景

 植物を取り巻く環境ストレスの中でも凍結ストレスは、細胞壁に形成される氷晶により複雑かつ致命的な傷害をもたらす(Steponkus et al., 1984 Annu. Rev. Plant Physiol.)。この傷害に対して植物は、気温の低下を感知することで予め凍結耐性を上昇させる(低温馴化)が、近年では、氷晶が形成される部位である細胞壁の物理・化学的性質の変化が凍結耐性の上昇に重要であることが明らかになってきている (Willick et al., 2018 J. Exp. Bot.; Takahashi et al., 2019 Sci. Rep.)。一方で、低温馴化後の気温の上昇で、獲得凍結耐性の急激な喪失が観察されている (Vyse et al., 2020 J. Exp. Bot.)。これは脱馴化とよばれ、厳冬期から春季への、あるいは夜間から日中への植物の環境適応に重要な過程であることが知られている。しかし、植物の凍結耐性を左右すると考えられる細胞壁において、脱馴化過程での組成・構造的変化は明らかになっていない。

目的

 細胞壁は多糖類やタンパク質、さらに多糖とタンパク質の複合体である糖タンパク質などから成る。そこで本研究では、これらの細胞壁構成成分を統合的に解析する手法の確立と、凍結耐性に重要と考えられる細胞壁の脱馴化に対する応答およびその生物学的意義を明らかにすることを目的とする。

方法

 本研究では未馴化、低温馴化、脱馴化したモデル植物シロイヌナズナを使用し、統合オミクスアプローチを展開する。まずは、真空浸潤法と遠心分離を組み合わせることで、上記の細胞壁主要成分を単一サンプルから迅速に分離・抽出する手法を確立する。得られた画分において、糖鎖構造およびタンパク質分子種をそれぞれGC-MSを用いたメチル化糖分析やnano-LC-MS/MSを用いたプロテオーム解析により定量し、細胞壁の複合的変化を明らかにする。

期待される成果

 本研究によって細胞壁の生理応答に関する統合データを得ることは、植物の低温・季節応答に関する詳細なデータベースの作成と、季節応答を制御する重要因子の発見に寄与する。また、単一サンプルからの細胞壁構成物質の分画プロトコールを確立することにより、野外環境における植物細胞壁応答の大規模解析を実現することができる。これにより、バイオマス資源としての細胞壁の有効利用や植物生態系の保護施策、農業技術への応用に貢献することができる。