植物研究助成

“みどりのカーテンの”真の効果解明 それをさらに大きな貢献につなげていく

『みどりを最大限に活用した住宅の省エネルギー方式の動的解析と評価』
<第21回(平成24年度)〜第22回(平成25年度)助成>

代表研究者
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
農村工学研究所
上席研究員 
奥島 里美さん
   「さらに社会的意義ある研究として前進させます」と奥島さん  
「さらに社会的意義ある研究として前進させます」と奥島さん

変化する気象の下での省エネ効果を見極める

----奥島さんが所属する農村工学研究所ではどのような研究を…。
研究や技術開発を通じ、農業・農村・食料の様々な課題解決を推進している農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)には全国に14の研究施設がありますが、農村工学研究所はその1つで、主に用水路や溜池等の水利施設、畑地の整備に関わる農業土木技術の開発や災害対策への技術支援を行っています。私はその中の農業施設工学研究チームに属し、高品質で安全、安定的な農産物を供給するために今後一層重要となる施設農業の高能率化を図り、園芸・畜産・流通等、農業生産に関連する施設の耐風・耐雪等の構造強化や低コスト化、内部環境の最適化を目的とした研究にチームで取り組んでいます。

----そうした活動の中で、当研究テーマについても併せて取り組まれていたのですか。
国や地方自治体、電力会社、種苗会社、またNPO団体等の啓蒙活動もあり、都市部のヒートアイランド防止、夏場の建物冷却と冷房負荷軽減による省エネと地球温暖化緩和への期待から、屋上緑化や壁面緑化はかなり以前から実施されてきました。また東日本大震災とそれに伴った原子力発電所の事故発生を契機に建物の窓を植物で覆う"みどりのカーテン"が各所で多く見られるようになりました。
しかしこれらによる省エネ効果の研究は、温度測定という定常的な解析でのみ行われ、夏場の気象条件の大きな変動、即ち時間経過を考慮した動的な解析は殆どなされていません。そこで農村工学研究所と協力企業のメンバー5名で、大震災後必須となった、特に夏場の電力消費の削減に貢献しようと平成24年、みどりのカーテン利用による気候と冷房負荷の変動を考慮した動的解析に取り組み始めました。

装置と推定式開発で、基本評価技術を整える

----これまで、どんな成果を得られましたか。
成果の一つは一体型センサー(非痛風型の細線式気温気流放射温度センサー)および2次元植物体温度測定装置の開発です。この開発で圃場実験として農業施設研究棟1階の南側ガラス窓に設けたみどりのカーテン(インゲン、ゴーヤ、ヘチマ、ユウガオ、フウセンカズラの5種類)の外・内側の気流速、気温、湿度、葉面放射量、ガラス面放射量の同時かつ効率的測定が可能となりました。このデータの解析により、みどりのカーテンの冷房負荷軽減効果は、蒸発散による潜熱メカニズム(水分が気化する時の吸熱)にあることが判明しました。
またみどりのカーテンの蒸発散量の推定式モデルの開発で、時間帯ごとの日射と対応した蒸発散量をリアルタイムで自動取得できるようにしました。みどりのカーテンに使うツル性植物は種類によって気孔からの蒸発量の多さ=蒸散能力が異なりますが、葉面積指数が高い(葉の茂りが多い)ゴーヤやヘチマ、フウセンカズラがインゲンやユウガオの2倍前後の蒸散能力を持つことを明らかにしつつあります。

圃場実験で農業施設研究棟に設置したゴーヤのみどりのカーテン。左は比較のために設置した葦簾(よしず)
圃場実験で農業施設研究棟に設置したゴーヤのみどりのカーテン。
左は比較のために設置した葦簾(よしず)

----みどりのカーテンと建物、冷房軽減効果の関係についての具体的な解析はいかがですか。
建物の動的環境をシミュレーションするTRNSYS(トランシス)というソフトがあります。800以上のモジュールで構成されており、それらを組み合せ目的のシミュレーションを行います。多くの研究機関等で幅広く使われている優れたソフトですが、植物に関するモジュールは含まれていません。
これに対し私たちは、直達(直接地表面に到達する日射量)、散乱日射の反射率、葉面積指数、植物体の厚みを設定値とした植物モジュールを独自に開発しTRNSYSに追加しました。そしてこの植物モジュールと気象データモジュール、建物モジュールを組み合わせたみどりのカーテンの動的シミュレーションモデルを構築しました。これにより、みどりのカーテンがあるガラス面や壁面の温度や放射量が出力でき、みどりのカーテンによる冷房負荷軽減量の推定を可能としました。これらを通じ、みどりのカーテン活用による省エネ効果を把握するための基本的な評価技術を整えるに至りました。

非痛風型の細線式気温気流放射温度センサーとみどりのカーテンの内側に設置しての観測
非痛風型の細線式気温気流放射温度センサーとみどりのカーテンの内側に設置しての観測

蒸散量の測定時に植物体の測定ポイントを容易に決定できる2次元植物体温度測定装置
蒸散量の測定時に植物体の測定ポイントを容易に決定できる2次元植物体温度測定装置

住宅ごとに最適なみどりのカーテンを!

----緑色による癒し効果、実や花の楽しみも利点ですが、虫や鳥が集まるという側面もありますね。
日射を遮り、蒸散効果を得るだけなら、ミストを発生させる人工のみどりのカーテンという方法もありますが、施設費や水道料を考えなければなりません。また台風等の強風で飛ばされないかという心配等々、他にも考慮すべき点はあります。それらについてもテーマと併せ、他の研究チームとの連携も取りながら対策を講じていこうと考えています。

----基本的な評価技術が整ったというお話でしたが、今後についてお聞かせください。
開発した細線式気温気流放射温度センサー、2次元植物体温度測定装置はアグリビジネスフェアに出展したり講演時等で紹介してきましたが、ハウス栽培等他の農業生産に活用できると大きな反響を得ています。
みどりのカーテンについては、今年はジャスミン、パッションフルーツでの圃場実験やシミュレーションを計画しています。こうした対象植物の拡大と同時に、開発した装置や推定式の精緻化・信頼性を高めながら、みどりを活用した住宅の省エネの具体的方式を確立していきます。具体的には、「都市部、沿岸部等各地の気象特性に応じたみどりのカーテンの種類の選定」「住宅設計会社、建築会社、緑化会社等に向けた、最適なみどりのカーテンの設置場所や栽培期間等の設計支援ツールの開発」です。さらに屋上・壁面緑化についても動的シミュレーションモデルを構築し、効果的なみどりの活用による省エネ推進と関連産業に寄与する、社会的意義ある研究として前進させていきたいと思っています。

細線式気温気流放射温度センサーの風洞試験をする奥島さん
細線式気温気流放射温度センサーの風洞試験をする奥島さん
 (取材日 2014.4.30 つくば市・農業・食品産業技術総合研究機構)