市村学術賞

第42回 市村学術賞 貢献賞 -04

低速陽電子ビームによる材料評価手法の開発

技術研究者

筑波大学 大学院数理物質科学研究科
准教授 上殿 明良

推  薦 筑波大学

研究業績の概要

 近年、産業界では原子レベルの物性制御を行って製品開発が進められている。このため同様のオーダーで材料を物理評価する必要があるが、原子空孔やナノメートル・オーダーの空隙を感度良く検出することは著しく困難であった。陽電子消滅は空孔型欠陥を高感度かつ非破壊で検出できる数少ない手法の一つである。陽電子は物質中に入射すると、熱平衡に達した後、電子と対消滅する(図1)。陽電子と電子が静止している場合、消滅の際に放出されるγ線のエネルギー(Eγ)は約511 keVである。ただし、電子の運動量(pL)は大きいためドップラー効果が働きEγは電子の運動量に対応する拡がりを示す(ΔEγ)。一方、陽電子は消滅前に原子核とのクーロン反発力のため、空孔型欠陥に捕獲される可能性がある。空孔中の電子の運動量分布は完全結晶中のそれとは異なるので、γ線のエネルギー分布に差が生じ、これを観測することにより空孔型欠陥を検出できる。また、空孔中では電子密度が低いことに対応し陽電子消滅速度は低下するため、その寿命を測定することによっても空孔型欠陥を検出することができる。
 受賞者は、高エネルギー陽電子を低速・単色化した後、任意のエネルギーで試料へ打ち込む低速陽電子ビームを日本で初めて開発・製作し、試料表面からミクロン程度の深さに存在する欠陥や空隙を検出できることを示した。さらに、無機、有機を問わず数多くの材料の評価を行うことにより、本手法が材料評価に極めて有効であることを実証した。図2は格子欠陥を評価できる種々の手法の中での陽電子の位置づけを示す。図中、空孔型欠陥、格子間型欠陥に敏感な手法ほど上方あるいは下方に位置するとする、横軸には深さ方向の決定精度を示す。陽電子消滅の守備範囲は広くはないが、従来法の空白部分を埋めることができる。最近、実際に製造プロセスのパラメーターを決定するため、陽電子を使用する例が急速に増えており、近い将来、多くの材料研究者が手軽に使える評価ツールとなって先端材料の研究・開発に貢献してゆくと考えられる。

図1 空孔型欠陥による陽電子の捕獲と対消滅γ線の放出
図1 空孔型欠陥による陽電子の捕獲と対消滅γ線の放出


図2 陽電子消滅(PAS)と他の状態評価法のポジションマップ
図2 陽電子消滅(PAS)と他の状態評価法のポジションマップ