市村学術賞

第42回 市村学術賞 貢献賞 -05

トンネル磁気抵抗素子におけるスピンダイナミクスの解明と制御

技術研究者

大阪大学 大学院基礎工学研究科 物質創成専攻
教授 鈴木 義茂

技術研究者

独立行政法人 産業技術総合研究所 エレクトロニクス研究部門
主任研究員 久保田 均

技術研究者

独立行政法人 産業技術総合研究所 エレクトロニクス研究部門
主任研究員 福島 章雄

推  薦 大阪大学

研究業績の概要

 本研究業績は、現在、センサとして応用されているトンネル磁気抵抗素子を高性能化することにより、直接通電による情報の書き込みを可能とする「スピン注入磁化反転」などの新機能を実現し、その物理機構の解明を行ったものである。受賞者らが初めて実証したMgOバリアトンネル磁気抵抗素子(以下MgO-MTJ素子と記す)におけるスピン注入磁化反転は、磁場を用いない低消費電力磁気ランダムアクセスメモリの原理として、現在、各企業において、盛んに実用化研究が進められている。また、スピンの注入によるスピンダイナミクスの励起とその解明は、「スピン流」という新しい物理概念の形成に寄与し、「スピン流」に関する学理創成の礎のひとつとなった。
 本研究では、MgO-MTJ素子の低抵抗化と、100nm以下の微小なピラー状にする加工技術開発により、電流により生じた角運動量の流れである「スピン流」に起因する純粋な磁化のダイナミクスの誘起を可能にした。このことにより、MgO-MTJ素子においてスピン注入磁化反転を世界で初めて実現するとともに、スピン注入磁化反転における不感時間の発見などその機構の解明に寄与した。一方、スピントルクにより、MgO-MTJ素子の高周波応答が非線形となり、整流作用を示すことを発見し、これを「スピントルクダイオード効果」と命名した。この効果を用いてスピントルクのバイアス電圧依存性を測定し、スピントルクには2つの種類(スピントルク項とフィールドライク項)があることなど、物理的な機構を解明した。さらに、素子の耐電流特性を向上させることにより、スピン注入による磁化の発振を実現し、初期の金属ナノピラーの実験に比べて1万倍以上の大きな高周波出力を得ることに成功するなど、いくつもの新機能の実現とその物理の解明を行った。

図1 スピン注入に用いたトンネル磁気抵抗素子の積層構造と断面構造
図1 スピン注入に用いたトンネル磁気抵抗素子の積層構造と断面構造


図2 (a) 二つのスピン注入トルク、 (b)注入電子の歳差運動。磁化固定層で偏極した電子が磁化自由層に注入され、その磁化を軸として歳差運動する。自由層を突き抜けた時には歳差運動角が電子ごとに異なるために電子のスピンは平均として自由層の磁化方向を向いている。このとき失われた電子の角運動量が自由層に受け渡されトルクとなる。(c)その結果、磁化自由層の磁化の歳差運動が増幅され磁化反転または発振に至る
図2 (a) 二つのスピン注入トルク、 (b)注入電子の歳差運動。磁化固定層で偏極した電子が磁化自由層に注入され、その磁化を軸として歳差運動する。自由層を突き抜けた時には歳差運動角が電子ごとに異なるために電子のスピンは平均として自由層の磁化方向を向いている。このとき失われた電子の角運動量が自由層に受け渡されトルクとなる。(c)その結果、磁化自由層の磁化の歳差運動が増幅され磁化反転または発振に至る