市村学術賞

第56回 市村学術賞 功績賞 -03

高効率熱活性化遅延蛍光分子の創製とOLEDへの展開

技術研究者 九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター
教授 安達 千波矢

研究業績の概要

 受賞者は、現在、携帯電話や大型薄型TV等に幅広く実用化されているOLED(有機発光ダイオード、有機EL)の研究開発に1980年代の黎明期から現在まで約35年間に渡って一貫して取り組み、当該研究分野で世界を牽引する研究成果を挙げてきた。最初の重要な研究成果は、1988年に発表した有機ダブルヘテロ(DH)構造に関する研究である。エネルギーギャップの広い理想的な有機電子輸送材料(オキサジアゾール誘導体)を創出し、これにより理想的なDH構造を有機デバイスで初めて実現した。これにより、電荷及び励起子の発光層への完全な閉じ込めとOLEDの高効率化の設計指針を確立した。一方で、電子的性質の異なる有機層界面には様々な分子間相互作用が存在することをヒントに、有機層界面における電荷移動(CT)相互作用を積極的に発光材料の設計に活用することで、高効率な熱活性化遅延蛍光(TADF)を示す分子群の発見に繋げた。そして、2012年、有機界面に生じるCT相互作用を基礎に、量子化学計算を用いた巧みな分子設計によって、三重項励起子を100%の量子効率で一重項励起子に変換する分子を創出し、OLEDにおいて100%の内部量子効率を実現した(Nature 2012)。TADF分子は比較的簡単な芳香族化合物で実現可能なことから、現在では究極のOLED用発光材料としての地位を確かなものとしている。2019年には、世界初のTADF分子を用いたOLEDパネルが台湾企業から上市され、実用化にも至っている。また、学理の面からも分子スピン変換機構の理解の深化や有機デバイスにおいて分子内及び分子間CT状態の精密制御が本質的に有機デバイス特性に重要な役割を果たしていることを体系的に明らかにした。ありふれた炭素化合物を用いて、100%の量子効率で電流を光へ変換できたことは、学術的な意義に加え、工業的にも大きな意味があり、有機光エレクトロニクス研究分野の学理と産業面を一新した。


図1